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Friday, May 2, 2014

ごう

嫌悪するが事実とは冥利なり。

世の中カネである。

儚き夢とはカネに命運託す人の夢。にんべんに夢とは良く言ったもので人の業は金である。

カネ、金(きん)に踊らされ、翻弄する写真家がここに一人。
自分のことか、と思われるかもしれませんが、
あなたのことかも知れません。

ギャラリーでも広告でも売ることが目的であり、
撮った後も飯を食らわば売ることに尽きる。

ここに一つの妙案あり。

いっそふっきれてしまえば良い写真とはカネになるおまけ付き。
どうせ食うならばオマケでお小遣いといこうじゃないか。
どうせ、人間、カネになることしかやらないんだ、まぁいいじゃないか。

人助けなんて、写真には出来ません。人は人が助けるからであり、そんな事はふつうにやるものでしょう。

生き甲斐をもってやる事とは妙にカネにつながる。
生きること、生を見出すことと生産性のつながりでしょうか。
しかし人の業は生すらをカネで判断する。

やりようがないので、しょうがない。

業とはとても重たく、それはまるでニコンF3にモータードライブを装着させたかのようなものである。

銃口を向けるかのような重量感。
連射性。
業とはワガママを道理で無理矢理押し付ける反則業である。

人の業がニコンF3という名器を作ったように、
ワガママも伝説を残す良ききっかけになる。

しかしカールツァイス18mmという予測もつかぬ運命が待ち受けていた場合、
どうするべきか。

おれは、かせぐのか。。。?

泥沼のような混沌とした世界、
限りある資産のプールに飛び込み現実的なお値段$1500ほど余分に無駄に稼ぐ。

なぁに、それだけさ。
誰かの一ヶ月分の家賃が、消えてなくなって、俺がハッピーになるだけだ。

そう思うと無理にカネとは作れないものである。